まえがき

 日常のことばをよく観察すると,意外に多くの定型表現(フレーズ)が使われていることがわかります.「おはよう」「ありがとう」「すみません」などがすぐに思い浮かびますが,そればかりではありません.家に遊びに来たお客さんが帰るときに言う「これにこりずにまた来てください」なども定型表現でしょう.「なんとかはかぜを引かないって言うからね」などという皮肉が通じるのも「ばかはかぜを引かない」という言い回しが定型表現として日本人の常識となっているからです.
 同じことは英語についても言えます.たとえば,相手が愚痴をこぼしたような場合に Tell someone who cares. とよく言います.「そういうことはだれか親身に聞いてくれる人に言いなさい.私は聞きたくないから」と突き放した言い方です.同じ意味で Call someone who cares. も使われます.このような言い回しは定型表現として知っていないと理解しにくいでしょう.また,定型表現の応用例が使われることもあります.アメリカのテレビコメディーを見ていたら,Somebody's pants are on fire. (だれかさんのズボンに火がついている)という表現が出てきて,観客から笑い声が起こりました.もちろん,実際にズボンに火がついているわけではありません.これは「だれかさん,うそを言っているね」という意味なのです.子どもが「この大うそつきめ」という意味で相手をけなすときに,Liar, liar, pants on fire, hanging on a telephone wire. (うそつき,うそつき,ズボンに火がついて,電話線からぶらさがっている) というはやしことばを使います.これはアメリカ人にとっては常識ですから,Somebody's pants are on fire. のような応用例を聞いてもすぐに理解できるわけです.(ちなみに,ジム・キャリーのコメディー映画『ライアーライアー』の原題 Liar Liar もこのはやしことばから採られています)
 このような定型表現(フレーズ)には,(1)慣用的な会話表現,(2)ことわざ・格言,(3)聖書その他からの引用句,テレビ・映画の有名なせりふ,歌の文句,(4)特に子どもがよく使うはやしことば,迷信,ジョークなどがあります.しかし,こうした定型表現は辞書に拾われていないことが多いようです.上に挙げた「これにこりずにまた来てください」「ばかはかぜを引かない」は国語辞典に載っていませんし,Tell someone who cares. や Liar, liar, pants on fire, hanging on a telephone wire. も英和辞典や英英辞典に見当たりません.日本語を学ぶ外国人や英語を学ぶ日本人にはそうしたフレーズをまとめた参考書があればきっと便利でしょう.そのような考えから本書が企画されました.
 私は以前から自分の勉強のために見聞きした英語の用例をノートにとっていたのですが,20年ほど前に英語辞典編集の仕事に携わるようになってからは,仕事に生かすためと楽しみを兼ねて,主にアメリカのテレビドラマを英語で聞いて用例を採集するようにしてきました.そして,そこに使われている単語や表現が英和辞典や英英辞典にあるかどうかを確かめ,ない場合にはそれが一般的なものかどうかをネイティブの人に聞いて確認するように努めました.こうして,英和大辞典や英英辞典にもない生きたフレーズが数多く集まりました.このデータを基礎として,英和辞典や英英辞典,その他の参考文献にも目を通しながら,重要なものが抜け落ちないように留意して本書を執筆しました.また,純粋な定型表現という枠を超えて,よく使われる表現を幅広くとらえて収録してあります.ここに収めた表現はアメリカ人ならだれでも知っているはずのものがほとんどですが,一口にアメリカ人といっても地域や年齢などによって語彙に差異がありますから,文字どおりにアメリカ人がみな知っているというわけではないことはお断りしておきます.

 本書の構成は次のようになっています.
1.見出し語
 普通の英和辞典と同じように1つの見出し語のもとに,その語が使われているフレーズを示しました.ただし,同じ形であれば語源が異なる語でも同じ見出し語として扱っています.また,スペースを節約するため,派生語など意味の近い2つの見出し語をまとめた場合もあります.
2.フレーズ
 フレーズの最初にくる語を基準としてアルファベット順に並べてあります.2つ(以上)の語やフレーズが同じように使われる場合はスラッシュ(/)で区切って並べました.また,Off course. と Off course not. のように意味が正反対になるフレーズの対は ←→ の印をつけて並べてあります.
3.訳語など
 フレーズの訳語はかっこに入れて示し,必要に応じてその後に説明をつけました.英文を理解するのに英和辞典の訳語を当てはめただけではどうもピンと来ないという経験はよくありますが,なるべくそのようなことがないようにと心がけました.説明の後に[類似表現]として,似たような意味や用法の表現を示しました.特に会話表現では訳語と説明だけではわかりにくいことが多いので,そのような場合には用例もつけました.さらに,適宜[補足]欄を設けて,その表現の応用例や,よりよく理解するための背景的知識,雑学的な情報などを入れました.なお,訳語や用例の訳は男女のことばがなるべく交互になるようにしましたが,それが男ことばまたは女ことばであるというわけではありません.
4.和英索引
 巻末に和英索引を設け,日本語から検索できるようにしました.ただし,本文に収録した英語フレーズが日本語表現とうまく対応するものに限ってあります.日本語見出しは概念分類的要素も取り入れ,「行く」の項には「お越しください」,「注文」の項には「何になさいますか」という文なども含めてあります.
 この本が,英語の参考図書として読者のみなさまのお役に立てれば幸いです.著者として精一杯努力しましたが,個人の力には限界があり,英語は所詮外国語ですから,思わぬ勘違いや不勉強などの点があるかと思います.みなさまからご指摘,ご意見を寄せていただき,著者と読者の相互協力によってさらに充実した本格的な辞書へと育てていくことができたらと願っています.
 最後に,これまで私の質問に答えてくださった数多くのネイティブの先生方,本書の用例を作ってくださったインフォーマントの方々,そして用例作成のほかに監修者として本書全体に目を通してくださった David Thayne さんに心より感謝申し上げます.

     2005年8月
山田詩津夫

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